イエスの誕生と罪の赦しの美しさ

(詩編 32:1-6)

原文

ダビデの詩。マスキール。

幸いな者

背きの罪を赦され、罪を覆われた人。

幸いな者

主に過ちをとがめられず、その霊に欺きのない人。

私が沈黙していたときは

一日中呻き、骨も朽ち果てました。

昼も夜も御手は私の上に重く

夏の暑さに気力も衰え果てました。〔セラ

私はあなたに罪を告げ

過ちを隠しませんでした。

私は言いました

「私の背きを主に告白しよう」と。

するとあなたは罪の過ちを

赦してくださいました。〔セラ

このゆえに、忠実な人は皆

時に応じてあなたに祈ります。

荒ぶる大洪水もその人に及ぶことはありません。

出典

(詩編 32:1-6) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用

妙機牧師の教え

幸いな者とは、背きの罪を赦され、主によって罪が覆われた者です。神は私たちの過ちをとがめることなく、私たちと真実に向き合うことを望んでおられます。私たちが沈黙しているとき、内なる呻きは一日中続き、心は重くなり、疲れ果ててしまうのです。しかし、私たちが罪を神に告白するなら、主は私たちの背きに耳を傾け、赦しをもたらしてくださいます。この聖なる赦しは、私たちの心を解放し、主に忠実であることの喜びを教えてくれるのです。

詩編32篇には、「時に応じてあなたに祈ります」とあります。私たちの祈りは、特に混乱や困難な時にこそ必要です。神はそのような心に注力し、荒ぶる大洪水でさえもその人に及ぶことはないと言います。これは、神の守りの中にいる幸いな人生の証です。罪を正しく扱い、神の赦しを求めることが、私たちを豊かにし、平安をもたらしてくれるのです。

イエスの誕生は、この神の赦しを成就する出来事です。彼は私たちの罪の代価を支払うため、世界に来られました。この恵みを受け入れ、感謝し、主に従う者として生きることができる幸いを、私たちはいつも忘れてはなりません。神の言葉を信じ、私たちの心に喜びと平安をもたらすこの聖句を日々の糧とし、生きていきましょう。罪の赦しに感謝し、主の導きに従うことこそ、真の幸いです。

愛と知恵、日々の聖書の言葉 愛と知恵、日々の聖書の言葉 愛と知恵、日々の聖書の言葉

注目の聖句