神の栄光と讃美を捧げる四つの生き物たちの声

この四つの生き物には、それぞれ六つの翼があり、その表にも裏にも一面に目があった。それらは、昼も夜も絶え間なく唱え続けた。 「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな 全能者である神、主。 かつておられ、今おられ、やがて来られる方。」 これらの生き物が、玉座に座り、世々限りなく生きておられる方に、栄光と誉れと感謝とを献げる度に、 二十四人の長老は、玉座に座っている方の前にひれ伏し、世々限りなく生きておられる方を礼拝し、その冠を玉座の前に投げ出して言った。 「私たちの主、また神よ あなたこそ 栄光と誉れと力を受けるにふさわしい方。 あなたは万物を造られ 万物はあなたの御心によって存在し また造られたからです。」

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今日のテーマ

主の受難とユダの裏切りが示す聖句の真意

智慧

日々の決断を照らす知恵の光

そしてすぐ、イエスがまだ話しておられるうちに、十二人の一人であるユダが現れた。祭司長、律法学者、長老たちの遣わした群衆も、剣や棒を持って一緒に来た。 イエスを裏切ろうとしていたユダは、「私が接吻するのが、その人だ。捕まえて、逃がさないように連れて行け」と、前もって合図を決めていた。 ユダは、やって来るとすぐにイエスに近寄り、「先生」と言って接吻した。 人々は、イエスに手をかけて捕らえた。 そばに立っていた者の一人が、剣を抜いて大祭司の僕に打ちかかり、片方の耳を切り落とした。 そこで、イエスは彼らに言われた。「まるで強盗にでも向かうように、剣や棒を持って捕らえに来たのか。 私は毎日、神殿の境内で一緒にいて教えていたのに、あなたがたは私を捕らえなかった。しかし、これは聖書の言葉が実現するためである。」 弟子たちは皆、イエスを見捨てて逃げてしまった

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信じることの力:息子の癒しと献げる心

隣人を愛し、慈しむ心

イエスは、再びガリラヤのカナに行かれた。そこは、前にイエスが水をぶどう酒に変えられた所である。さて、カファルナウムに王の役人がいて、その息子が病気であった。 この人は、イエスがユダヤからガリラヤに来られたと聞き、イエスのもとに行き、カファルナウムまで下って来て息子を癒やしてくださるように頼んだ。息子が死にかかっていたからである。 イエスは役人に、「あなたがたは、しるしや不思議な業を見なければ、決して信じない」と言われた。 王の役人は、「主よ、子どもが死なないうちに、お出でください」と言った。 イエスは言われた。「帰りなさい。あなたの息子は生きている。」その人は、イエスの言われた言葉を信じて帰って行った

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最新の言葉

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十字架をとって - 主の言葉に従う勇気

主よ、あなたが惑わしたので 私は惑わされました。 あなたは私より強く 私にまさりました。 私は一日中笑い物となり 皆が私を嘲ります。 私は語るごとに叫び 「暴虐だ、破壊だ」と声を上げなければなりません。 主の言葉が私にとって、一日中 そしりと嘲りとなるからです。 私が、「もう主を思い起こさない その名によって語らない」と思っても 主の言葉は私の心の中 骨の中に閉じ込められて 燃える火のようになります。 押さえつけるのに私は疲れ果てました。 私は耐えられません。 私は多くの人の中傷を聞きました。 「周りから恐怖が迫る。 告発せよ、我々は彼を告発しよう」と。 私の親しい者も皆 私がつまずくのを待ち構えています。 「彼は惑わされるだろう。 そうすれば、我々は彼に勝って、復讐できる」と。 しかし主は、恐るべき勇士のように 私と共におられます。 それゆえ、私を迫害する者はつまずき 私にまさることができません。 彼らは悟りを得ないので、大いに恥をかき それは忘れられることのない とこしえの恥辱となるでしょう。 正しき人を試み 思いと心を見られる万軍の主よ。 私に見せてください あなたが彼らに復讐されるのを。 私はあなたに向かって 私の訴えを打ち明けたのですから

十字架をとって:パウロの教えから学ぶ謙遜と恩恵

きょうだいたち、私は、あなたがたのためを思い、私自身とアポロに当てはめて、このように述べてきました。それは、あなたがたが私たちを例にとって、「書いてあることを越えない」ことを学ぶためであり、誰も一方にくみし、他方に反対して高ぶることのないためです。 あなたを優れた者としているのは、誰なのですか。あなたの持っているもので、受けなかったものがあるでしょうか。受けたのなら、どうして、受けなかったかのように誇るのですか。 あなたがたはすでに満腹し、すでに富んでいます。私たちを抜きにして、王になっています。いや実際、王になっていてくれたらよかったのです。そうすれば、私たちも、あなたがたと共に王になれたでしょう。 私はこう思います。神は私たち使徒を、まるで死に定められた者のように、最後に引き出される者となさいました。私たちは世界中に、天使にも人々にも、見せ物となったからです。 私たちはキリストのゆえに愚かな者となり、あなたがたはキリストにあって賢い者となりました。私たちは弱く、あなたがたは強くなりました。あなたがたは栄えある者となり、私たちは誉れなき者となりました。 今の今まで、私たちは飢え、渇き、着る物もなく、打ち叩かれ、落ち着く先もなく、 苦労して自分の手で働いています。侮辱されては祝福し、迫害されては耐え忍び、 罵られても勧めの言葉をかけています。今に至るまで、私たちは世の屑、あらゆるものの滓とされています

試みに勝つ:神の恵みをもって日々を生きる

そこで主はモーセに言われた。「今、あなたがたのためにパンを天から降らせる。民は出て行って、毎日、一日分を集めなさい。これは彼らが私の律法に従って歩むかどうかを試すためである。 六日目に持ち帰ったものを整えると、日ごとに集める分の二倍になるだろう。」 そこでモーセとアロンは、イスラエルの人々すべてに言った。「夕方には、あなたがたは主があなたがたをエジプトの地から導き出されたことを知り、 朝には、あなたがたは主の栄光を見る。あなたがたの主に対する不平を主がお聞きになったからだ。あなたがたが私たちに向かって不平を言うとは、私たちを一体何者だと思っているのか。」 さらにモーセは言った。「主が夕方にはあなたがたに食べる肉を与え、朝には満ち足りるほどパンを与えてくださるのは、あなたがたが並べ立てた不平を聞かれたからである。私たちを一体何者だと思っているのか。あなたがたが不平を言ったのは、私たちに向かってではなく、主に向かってなのだ。」 モーセはアロンに言った。「イスラエル人の全会衆に言いなさい。『主の前に近づきなさい。主はあなたがたの不平を聞き入れられた。』」 アロンがイスラエル人の全会衆に語っているとき、彼らが荒れ野の方を向くと、主の栄光が雲の中に現れた。 そこで主はモーセに告げられた。 「私はイスラエルの人々の不平を聞いた。彼らに伝えなさい。『夕方には肉を食べ、朝にはパンで満ち足りるであろう。あなたがたは私が主、あなたがたの神であることを知るようになる。』」

希望の言葉