エズラの教えと礼拝の重要性についての聖書の言葉
(ネヘミヤ記 8:4-8)
書記官エズラは、このために用意された木の壇の上に立ち、彼の傍らには、マティトヤ、シェマ、アナヤ、ウリヤ、ヒルキヤ、マアセヤが右手に、そして左手にはペダヤ、ミシャエル、マルキヤ、ハシュム、ハシュバダナ、ゼカルヤ、メシュラムが立った。
エズラはすべての民よりも高い所にいたので、民全員の目の前でその書を開いた。彼が書を開くと、民は皆、立ち上がった。
エズラが大いなる神、主をたたえると、民は皆、手を上げて「アーメン、アーメン」と答え、ひざまずき、顔を地に伏せて、主を礼拝した。
次いで、イエシュア、バニ、シェレブヤ、ヤミン、アクブ、シャベタイ、ホディヤ、マアセヤ、ケリタ、アザルヤ、ヨザバド、ハナン、ペラヤというレビ人がその律法を民に説明したが、その間民は立っていた。
彼らは神の律法の書をはっきりと朗読し、また意味を明らかにしたので、人々はその朗読を理解した。
(ネヘミヤ記 8:4-8) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用
エズラは信仰の灯をともすため、神の御前に立ち上がり、木の壇の上で律法の書を朗読しました。その意味深い瞬間、民は彼の声に耳を傾け、神の言葉に心を打たれました。彼が書を開くと、民は一斉に立ち上がり、神への感謝と賛美を示しました。彼らは手を上げ、「アーメン、アーメン」と叫びながら、ひざまずき、地に顔を伏せて神を礼拝したのです。
この場面は、神の言葉がどれほど重要であるかを示しています。エズラとレビ人たちは、神の律法を明確に解き明かし、民にその意味を理解させました。聖書には「主に向かって自らの心を開け」と教えられているように、私たちも神の言葉に耳を傾け、理解を深めることが求められています。
神の律法はただの規則ではなく、私たちに与えられた貴い教えです。信仰の道を歩む中で、私たちもエズラのように神の言葉を響かせる役割を担うべきです。礼拝を通じて神に近づき、彼の言葉に従いながら生きることで、私たちの人生は豊かにされ、信仰は深まります。
神を礼拝し、彼の言葉を理解することは、私たちの心を整え、導くために不可欠です。聖句を通じて、私たちは力を得、同時に他者と共に神の愛を分かち合う道を見出すのです。信仰の共同体として、私たちもまた互いに神の言葉を分かち合い、深い絆で結ばれていきたいものです。