共に生きる-創世記に見る人間関係の大切さ

(創世記 2:15-24)

原文

神である主は、エデンの園に人を連れて来て、そこに住まわせた。そこを耕し、守るためであった。

神である主は、人に命じられた。「園のどの木からでも取って食べなさい。

ただ、善悪の知識の木からは、取って食べてはいけない。取って食べると必ず死ぬことになる。」

また、神である主は言われた。「人が独りでいるのは良くない。彼にふさわしい助け手を造ろう。」

神である主は、あらゆる野の獣、あらゆる空の鳥を土で形づくり、人のところへ連れて来られた。人がそれぞれをどのように名付けるか見るためであった。人が生き物それぞれに名を付けると、それがすべて生き物の名となった。

人はあらゆる家畜、空の鳥、あらゆる野の獣に名を付けた。しかし、自分にふさわしい助け手は見つけることができなかった。

そこで、神である主は人を深い眠りに落とされた。人が眠り込むと、そのあばら骨の一つを取り、そこを肉で閉ざされた。

神である主は、人から取ったあばら骨で女を造り上げ、人のところへ連れて来られた。

人は言った。

「これこそ、私の骨の骨、肉の肉。

これを女と名付けよう。

これは男から取られたからである。」

こういうわけで、男は父母を離れて妻と結ばれ、二人は一体となる。

出典

(創世記 2:15-24) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用

妙機牧師の教え

創世記には、神である主が人をエデンの園に住まわせ、善悪の知識の木から取って食べないように命じたことが記されています。これは、神が人間に選択の自由を与え、その選択によって営みを見守るという教えを示しています。さらに、主は「人が独りでいるのは良くない」と宣言し、人にふさわしい助け手を造ることを決意されました。このことは、私たちが互いに支え合い、共に生きることの重要性を物語ります。

神はあらゆる生き物を創り、男に名を付けさせましたが、男にふさわしい助け手は見つかりませんでした。そこで、主は男を深い眠りに落とし、彼のあばら骨から女を造り上げたのです。このように、神は人間におけるパートナーシップの美しさを示しています。

「これこそ、私の骨の骨、肉の肉」と男が言ったように、夫婦は深い結びつきを持ち、互いに支え合って新しい生命を育む関係を築くのです。男は父母を離れ、妻と結ばれ、一体となります。これは、家族の絆や、結婚の神聖さを教えてくれる名言でもあります。

私たちは、この聖句を通じて、神がいかに人間関係を大切に思っているのかを学び、互いに愛と理解を持って接することが求められています。共に生きることは、私たちにとって神からの贈り物であり、愛することの意義を深く理解する助けとなるでしょう。

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