私は生まれて八日目に割礼を受け、イスラエルの民に属し、ベニヤミン族の出身で、ヘブライ人の中のヘブライ人です。律法に関してはファリサイ派、
熱心さの点では教会の迫害者、律法の義に関しては非の打ちどころのない者でした。
しかし、私にとって利益であったこれらのことを、キリストのゆえに損失と見なすようになったのです。
そればかりか、私の主キリスト・イエスを知ることのあまりのすばらしさに、今では他の一切を損失と見ています。キリストのゆえに私はすべてを失いましたが、それらを今は屑と考えています。キリストを得、
キリストの内にいる者と認められるためです。私には、律法による自分の義ではなく、キリストの真実による義、その真実に基づいて神から与えられる義があります。
私は、キリストとその復活の力を知り、その苦しみにあずかって、その死の姿にあやかりながら、
何とかして死者の中からの復活に達したいのです。