一行がエルサレムに近づいて、オリーブ山に面したベトファゲとベタニアにさしかかったとき、イエスは二人の弟子を使いに出そうと

一行がエルサレムに近づいて、オリーブ山に面したベトファゲとベタニアにさしかかったとき、イエスは二人の弟子を使いに出そうとして、 言われた。「向こうの村へ行きなさい。村に入るとすぐ、まだ誰も乗ったことのない子ろばのつないであるのが見つかる。それをほどいて、連れて来なさい。 もし、誰かが、『なぜ、そんなことをするのか』と言ったら、『主がお入り用なのです。すぐここにお返しになります』と言いなさい。」 二人は、出かけて行くと、表通りの戸口に子ろばがつないであるのを見つけたので、それをほどいた。 すると、そこに居合わせた人々が、「その子ろばをほどいてどうするのか」と言った。 二人が、イエスの言われたとおり話すと、許してくれた。 二人が子ろばをイエスのところに連れて来て、その上に自分の上着を掛けると、イエスはそれにお乗りになった。 多くの人が自分の上着を道に敷き、また、ほかの人々は野原から葉の付いた枝を切って来て敷いた。 そして、前を行く者も後に従う者も叫んだ。 「ホサナ。 主の名によって来られる方に 祝福があるように。 我らの父ダビデの来るべき国に 祝福があるように。 いと高き所にホサナ。」 こうして、イエスはエルサレムに着いて、神殿の境内に入られた。そして、周囲を一瞥した後、すでに夕方になったので、十二人を連れてベタニアへ出て行かれた。

天の下では、すべてに時機があり

すべての出来事に時がある。

生まれるに時があり、死ぬに時がある。

植えるに時があり

天の下では、すべてに時機があり すべての出来事に時がある。 生まれるに時があり、死ぬに時がある。 植えるに時があり、抜くに時がある。 殺すに時があり、癒やすに時がある。 壊すに時があり、建てるに時がある。 泣くに時があり、笑うに時がある。 嘆くに時があり、踊るに時がある。 石を投げるに時があり、石を集めるに時がある。 抱くに時があり、ほどくに時がある。 求めるに時があり、失うに時がある。 保つに時があり、放つに時がある。 裂くに時があり、縫うに時がある。 黙すに時があり、語るに時がある。 愛するに時があり、憎むに時がある。 戦いの時があり、平和の時がある。 人が労苦したところで、何の益があろうか。 私は、神が人の子らに苦労させるよう与えた務めを見た。 神はすべてを時に適って麗しく造り、永遠を人の心に与えた。だが、神の行った業を人は初めから終わりまで見極めることはできない。 私は知った。 一生の間、喜び、幸せを造り出す以外に 人の子らに幸せはない。 また、すべての人は食べ、飲み あらゆる労苦の内に幸せを見いだす。 これこそが神の賜物である。 私は知った。 神が行うことはすべてとこしえに変わることがなく 加えることも除くこともできない。 こうして、神は、人が神を畏れるようにされた。 今あることはすでにあった。 これから起こることもすでにあった。 神は過ぎ去ったものを捜し求める。

その頃、洗礼者ヨハネが現れて、ユダヤの荒れ野で宣べ伝えて、

言った。「悔い改めよ。天の国は近づいた。」

預言者イザヤ

その頃、洗礼者ヨハネが現れて、ユダヤの荒れ野で宣べ伝えて、 言った。「悔い改めよ。天の国は近づいた。」 預言者イザヤによって、 「荒れ野で叫ぶ者の声がする。 『主の道を備えよ その道筋をまっすぐにせよ』」と言われたのは、この人のことである。 ヨハネは、らくだの毛衣を着、腰に革の帯を締め、ばったと野蜜を食べ物としていた。 すると、エルサレムとユダヤ全土から、また、ヨルダン川沿いの地方一帯から、人々がヨハネのもとに来て、 罪を告白し、ヨルダン川で彼から洗礼(バプテスマ)を受けた。 ヨハネは、ファリサイ派やサドカイ派の人々が大勢、洗礼(バプテスマ)を受けに来たのを見て、こう言った。「毒蛇の子らよ、差し迫った神の怒りを免れると、誰が教えたのか。 それなら、悔い改めにふさわしい実を結べ。 『我々の父はアブラハムだ』などと思ってもみるな。言っておくが、神はこんな石ころからでも、アブラハムの子たちを造り出すことがおできになる。 斧はすでに木の根元に置かれている。良い実を結ばない木はみな、切り倒されて火に投げ込まれる。 私は、悔い改めに導くために、あなたがたに水で洗礼(バプテスマ)を授けているが、私の後から来る人は、私より力のある方で、私は、その履物をお脱がせする値打ちもない。その方は、聖霊と火であなたがたに洗礼(バプテスマ)をお授けになる。 その手には箕がある。そして、麦打ち場を掃き清め、麦は倉に納めて、殻を消えない火で焼き尽くされる。」

あなたに先立つはるか昔、神が地上に人間を創造された最初の時代に遡り、天の果てから果てまで巡って、尋ねてみるがよい。これほ

あなたに先立つはるか昔、神が地上に人間を創造された最初の時代に遡り、天の果てから果てまで巡って、尋ねてみるがよい。これほど大いなることが起こったであろうか。そのようなことを聞いただろうか。 火の中から語られる神の声を聞き、なお生きているあなたのような民があったであろうか。 あるいは、あなたがたの神、主がエジプトで、あなたの目の前でなさったように、さまざまな試み、しるしや奇跡を行い、戦い、力強い手と伸ばした腕、大いなる恐るべき業を示し、諸国民の中から一つの国民をご自身で選び出された神があったであろうか。 あなたは、主こそ神であって、この方をおいてほかに神はいないということを示され、知るに至った。 主は、あなたを訓練するために天から御声を聞かせ、地上では大いなる火を見せ、また、あなたは御言葉を火の中から聞いた。 主は、あなたの先祖を愛されたので、その後に続く子孫を選び、ご自身が大いなる力によって、エジプトからあなたを導き出された。 主は、あなたより大きく、強い諸国民をあなたの前から追い払い、彼らの地に導き入れ、これを今日のように相続地として与えてくださった。 そこで今日あなたがたは、上は天においても下は地においても、主こそ神であり、ほかに神はいないことを知って、心に留めておきなさい。 だから今日私が命じる主の掟と戒めを守りなさい。そうすればあなたもあなたの後に続く子孫も幸せになり、あなたの神、主が生涯にわたってあなたに与える土地で長く生きることができる。

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