こうは言っても、私は命令するのではありません。ただ、他の人々の熱心に照らして、あなたがたの愛が本物であるか、確かめたいのです。
あなたがたは私たちの主イエス・キリストの恵みを知っています。すなわち、主は富んでいたのに、あなたがたのために貧しくなられました。それは、主の貧しさによって、あなたがたが豊かになるためでした。
この恵みの業について、私の意見を述べましょう。それが、昨年以来、自ら願ってこのことを始めた、あなたがたの益になるからです。
ですから、今それをやり遂げなさい。心からそう願ったのですから、自分が持っているものでやり遂げることです。
その熱意があるなら、持たないものではなく、持っているものに応じて、神に受け入れられるのです。
それは、他の人々に楽をさせて、あなたがたに苦労をさせようというのではなく、平等にするためです。
今この時、あなたがたの余裕が彼らの欠乏を補うなら、いずれ彼らの余裕もあなたがたの欠乏を補うことになり、こうして、平等になるのです。
「多く集めた者も余ることがなく、少なく集めた者も足りないことはなかった」と書いてあるとおりです。