アブラハムは答えた。「塵や灰にすぎない私ですが、あえてわが主に申し上げます。

もしかすると、五十人の正しい者に五人足り

アブラハムは答えた。「塵や灰にすぎない私ですが、あえてわが主に申し上げます。 もしかすると、五十人の正しい者に五人足りないかもしれません。それでもあなたはその五人のために、町全体を滅ぼされるのでしょうか。」すると主は言われた。「もしそこに四十五人いるとすれば、私は滅ぼしはしない。」 彼はなおも重ねて主に語りかけて言った。「もしかすると、そこには四十人しかいないかもしれません。」すると主は答えられた。「その四十人のために、私は何もしない。」 彼は言った。「わが主よ、こう申し上げてもどうかお怒りになりませんように。もしかすると、そこには三十人しかいないかもしれません。」すると主は答えられた。「もしそこに三十人いるなら、私は何もしない。」 彼は言った。「あえてわが主に申し上げます。もしかすると、そこには二十人しかいないかもしれません。」すると主は答えられた。「その二十人のために、私は滅ぼしはしない。」 彼は言った。「わが主よ、もう一度だけ申し上げても、どうかお怒りになりませんように。もしかすると、そこには十人しかいないかもしれません。」すると主は答えられた。「その十人のために、私は滅ぼしはしない。」 主はアブラハムと語り終えると、去って行かれた。アブラハムは自分の住まいに帰って行った。

では、どうなのか。私たちは律法の下ではなく恵みの下にいるのだから、罪を犯そう、ということになるのでしょうか。決してそうで

では、どうなのか。私たちは律法の下ではなく恵みの下にいるのだから、罪を犯そう、ということになるのでしょうか。決してそうではない。 知らないのですか。あなたがたは、誰かに奴隷として従えば、その人の奴隷となる。つまり、罪に仕える奴隷となって死に至るか、神に従う奴隷となって義に至るか、どちらかなのです。 しかし、神に感謝すべきことに、あなたがたは、かつては罪の奴隷でしたが、伝えられた教えの基準に心から聞き従って、 罪から自由にされ、義の奴隷となったのです。 あなたがたの肉の弱さを考慮して、私は分かりやすい物言いをしています。かつて、五体を汚れと不法の奴隷として献げて不法に陥ったように、今は、五体を義の奴隷として献げて聖なる者となりなさい。 あなたがたは、罪の奴隷であったときは、義に対しては自由の身でした。 では、その時、どんな実りがありましたか。あなたがたが今では恥とするものです。その行き着くところは死です。 しかし、今や罪から自由にされて神の奴隷となり、聖なる者となるための実を結んでいます。その行き着くところは永遠の命です。 罪の支払う報酬は死です。しかし、神の賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠の命なのです。

イエスはこの十二人を派遣するにあたり、次のように命じられた。「異邦人の道に行ってはならない。また、サマリア人の町に入って

イエスはこの十二人を派遣するにあたり、次のように命じられた。「異邦人の道に行ってはならない。また、サマリア人の町に入ってはならない。 イスラエルの家の失われた羊のところへ行きなさい。 行って、『天の国は近づいた』と宣べ伝えなさい。 病人を癒やし、死者を生き返らせ、規定の病を患っている人を清め、悪霊を追い出しなさい。ただで受けたのだから、ただで与えなさい。 帯の中に金貨も銀貨も銅貨も入れてはならない。 旅には袋も二枚の下着も、履物も杖も持って行ってはならない。働く者が食べ物を受けるのは当然である。 町や村に入ったら、そこで誰がふさわしい人かを調べて、旅立つときまで、その人のもとにとどまりなさい。 その家に入ったら、『平和があるように』と挨拶しなさい。 その家がふさわしければ、あなたがたの願う平和がそこを訪れるようにしなさい。ふさわしくなければ、その平和があなたがたに返って来るようにしなさい。 あなたがたを受け入れず、あなたがたの言葉に耳を傾けようともしない者がいれば、その家や町を出て行くとき、足の埃を払い落としなさい。 よく言っておく。裁きの日には、この町よりもソドムとゴモラの地のほうが軽い罰で済む。」

61 62 63 64 65